ニューヨーク大名誉教授 佐藤 隆三氏による、今朝の静岡新聞「論壇」−「消費増税と幼稚な民主主義」が、現在進行形の日本の政治を分かりやすく説明している。
『消費増税法案の提出に絡むゴタゴタは、日本政治の「でたらめさ」を露呈している。50年にわたって米国政治とその民主主義を見て来た者にとっては、この日本政治の現状は悲しくもあり、また滑稽でもある。』
現状を表す言葉を「でたらめさ」と切り捨てているが、当然と言えば当然か。
『2年半前に日本の有権者が民主党に政権を委ねた時、誰が増税内閣を予想したであろうか。少なくともマニフェスト(政権公約)の実行を期待して投票した有権者にとっては、これは裏切り行為である。日本の財政事情を考えると、財務省の立場からすれば税収入を確保したい気持ちは分からないわけではない。だが、民主主義の選挙とは、有権者と被選挙人(議員)の堅い約束の場であり、その約束が守られることによってのみ民主主義が成り立つのである。民主党を支持した有権者の大部分は、消費増税はないと信じて投票したはずである。』
だから、野田総理が消費増税に政治生命を賭けようと、それは本人の勝手であって公約違反という事実だけが浮かび上がる。
『…菅内閣と野田内閣は、公約にない消費増税で有権者を裏切ろうとしている。しかも両首相は、財務相を務めた後の首相就任である。財務省のマインドコントロールによる陰謀説にはそれなりの理由がある。
民主党がマニフェストの大半を放棄したのは、カネがないためではない。カネの使い道を自公政権時代と大きく変えることを拒んでいる官僚機構に、自公時代以上に依存しているからである。八ツ場ダムを中止して、「コンクリートから人へ」の政策転換を叫んだ大臣がダム建設を許し、いま増税の旗振り役の政策調査会長を務めている。
民主党はいまや自民党のクローンとなってしまった。その自民党自身も10%消費税を公約しておきながら、民主党案に反対だという。これは滑稽である。一方、党の代表が連立離脱をしても、大臣の椅子にしがみついて消費増税の閣議決定にサインしてしまう大臣もいる。これも滑稽である。』
骨のある政治家が見当たらない。ただ、それも私たちが選んだ者である。私たちのレベルを映しているだけである。
『こうした醜態をみて国民が、みんなの党や大阪維新の会に関心をよせるのは当然だ。彼らは日本の官僚機構を打破し、増税をする前に大震災からの復興と経済成長を優先し、また独占的な電力会社へのエネルギー政策の転換も行うという。しかし、民主党政権の豹変に失望している有権者がこうした公約の履行を信じるだろうか。こうして政治不信が蔓延する。』
その意味で、民主党の罪は深く、それは万死に値するだろう。ただ、そこを理解できていない節があり、余計に始末が悪い。
『民主主義の本質は公正な選挙と公約の履行である。国民との約束を平気で破る日本の政治は真の民主主義とは言い難い。』
それでも、前を向いて歩まねば展望は開けない。