2014年02月11日

30mmと55mmと世界標準配色。


 キューブの世界が、非常にバラエティー豊かに賑やかになっている。構成する面も形もサイズも、もう数え切れないほどの盛況である。〔下は30mmと55mmの比較〕

キューブ1

 特に中国製の台頭はめざましく、30mmは6Color WitEden Mini Cubeで、55mmは6Color DaYan ZhanChi。3X3X3の標準サイズは57mmなので30mmは本当に小さいが動くには動く。しかし人の手の大きさを考えれば当然だが、回すことによる快適さを求めてはいけない。その上、価格も590円であり、値段相応の品質であるが、その小ささに価値を見出す人もいるだろう。

キューブ2

 RUBIK'S CUBEが2013年2月にVer2.0とパワーアップした時に、色々と改良が加えられたが一番大きな変更点はその配色であり、普通言う世界標準配色となったことである。それ以前は日本独自配色で、日本では本家のルービックキューブに合わせて、他のキューブもその配色を選択することが多かった。攻略本などもそれにならい「青色」またはその裏側の「白色」を基準としていた。〔以下の写真は全て57mm日本配色キューブと55mm世界標準配色キューブ〕

キューブ3

 その配色の違いを言葉で説明するのは簡単で、青色と黄色を入れ替えただけである。しかし現実としては影響が大きく「白色」を基準色としていた人は、その裏側は「黄色」になる。また「青色」のそれは「緑色」でり、違和感を感じる程度では済まないはずである。特にスピードを競っている人達にとっては、それはもう身に付いたもので、今さら変更するか否かは判断が難しいだろうし、替えたら替えたで新たな配色に慣れる負担も大きなものになる。

キューブ4

 だが、現実として事実上日本配色が消滅したなら仕方がないと諦め、世界標準配色に鞍替えした人も多いだろう。標準のキューブであればシールを青色と黄色を貼り替えればキューブとしては変更終了である。

キューブ5

 しかし、プラスチック素材自体に色が付いているタイプは残念ながら対処不能である。ただ2千円弱で手に入るものだし、永遠のものなどないのだからと割り切るしかないだろう。またそのまま使用続けても一向に構わないし、誰からにも強制される謂れもない。
 4014/11/9追記 簡単に変更できたので訂正します。2個メンテナンスを兼ねて行っても1時間弱で可能でした。

キューブ6

 しばらくキューブの世界から遠ざかっていたのだが、折角の機会と捉え55mmの6Color DaYan ZhanChi(ダヤン ヂャンチー)を購入してみた。当然ながら世界標準配色である。やはり55mmが丁度よく手にしっくりとくる。僅か2mmの違いであるが、そのフィット感には大きな違いがあり、一言で言うと「疲れない」を実感できるレベルである。

キューブ7

 自分での基準色は下面「白色」としていたので、上面は以前は「青色」であったが、今度は「黄色」である。それには意外と直ぐに慣れたが、側面の「橙―青」、「青―赤」は中々しっくりこない。けれども、それは慣れるしかないので仕方がないし、時間が解決するはずである。何故なら元々速くないし初心者なのでダメージは少ないのである。

キューブ8

 6色プラスチック素材キューブは、回し心地もシール式とは明らかな違いがあり、黒素材の方が繊細でしっとりとしていて上品な気がする。ただ、イメージを言葉で適切に表すのは結構難しいし、人によっては真逆の感想もあるだろう。ただ、それは好きずきでもあるし選択肢が多いことは大いに歓迎である。個人的には消耗品のシールが必要ないプラスチック素材で、55mmのDaYan(大雁)のZhanChi(展翅)が今では一番のお気に入りである。

posted by 工房藤棚 at 12:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | パズル

2014年02月09日

 現代のベートーベンの業。

 
 広島生まれ被爆二世で全聾、常に黒色の服に身を包み長髪にサングラスをかけて髭を伸ばし、手には包帯その上杖をつく天才作曲家は「現代のベートーベン」と呼ばれた。

花1

 代表作は「交響曲第1番<HIROSHIMA>」、東日本大震災の被災地へ贈る鎮魂曲「ピアノのためのレクイエム」,「鎮魂のソナタ」など。
 その「交響曲第1番<HIROSHIMA>」の評価は、ネットによると、
 野本由紀夫―『これは相当に命を削って生み出された音楽』,『本当に苦悩を極めた人からしか生まれてこない音楽』。
 三枝成彰―『私がめざす音楽と共通するところを感じる』。
 吉松隆―『すべての聴き手を巻き込む魅力に富むと同時に見事に設計された傑作だと確信する』。
 許光俊―『世界で一番苦しみに満ちた交響曲』。

花2

 ところが週刊文春によると、ゴーストライター新垣 隆氏の認識では最初の代作の曲が完成した時は『あの程度の楽曲だったら、現代音楽の勉強している者なら誰でもできる、どうせ売れるわけはないという思いもありました』。

花3

 最初この事件を聞いた時、咄嗟に松本清張の「真贋の森」(傑作短編コレクション)を思い出した。それは絵画の贋作をテーマにしたもので、そのジャンルは勿論のこと目的も結果も全く違うものである。けれども、曰く言い難く心を逆撫でされる感覚が蘇った。それは主人公の復讐への共感なのか、一時の自堕落で落ちていく感情への嫌悪なのか、成功過程と結末との落差なのかはわからない。ただ一つだけ言えることは人の業への苛立ちであろう。

花4

 それにしてもマスメディアの軽薄さと、評論家の偏った権威主義と、付和雷同する大衆と。
 新垣氏は一体どれほど『命を削って』、どんな悲惨な辛苦をなめて『苦悩を極めた』のだろうか。


posted by 工房藤棚 at 14:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言
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