2015年03月28日

 破滅。

 
 ドイツの格安航空ジャーマンウイングスの旅客機事故は、副操縦士がわざと墜落させた疑いが濃厚となった。道連れは149人。一個人の破滅願望に神も仏も無力であった。

花1
 大塚家具のお家騒動は社長側の勝利となった。勝ったのは娘。負けたのは父親。当事者は真剣でも傍から見れば親子喧嘩。「人の不幸は密の味」という言葉を知らないのか。破滅の始まりである。何が「ノーサイド」なんだろう。確かどっかの党の党首選挙でも聞いた言葉である。それからは坂道であった。

花2
 沖縄の普天間基地移転問題で、翁長知事は本気で工事を中止させたいのだろうか。だったら、もう県民により中国沖縄省か日本国沖縄県の選択をすればよい。押しても引いても破滅は不条理だがそれも仕方がない。
 

posted by 工房藤棚 at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言

2015年03月15日

 紅い花。

 
 つげ義春の「紅い花」の世界は妖しく哀しく不気味に優しい。

紅い花1
 中島みゆきの「まつりばやし」の世界は切なく悲しく『もう紅い花が揺れても』と嘆き諦める。

紅い花2
 流れる紅い花は山椿ではなくて。

紅い花3
 心に揺れるのはまつりかざりの紙の紅い花。


posted by 工房藤棚 at 17:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言

2015年03月05日

 この人たちが望む世の中とは。


 一時停止違反で捕まった。

1
 物陰に潜む男3人が乗ったパトカーは赤灯を回転して追ってきた。

2
 もし本当に交通安全を願い危険な交差路であるならばゴキブリのようにコソコソと隠れることなく堂々と標識の前で啓蒙すればよい。

3
 権力を行使できる人は紅潮して反感を買うのは承知だと宣った。

4
 それは今生きている子供の安全より大事なことか。
 交通と治安を同じ組織としているのは無理があり過ぎるだろう。

5
 切符を切った若い男の手が微かに震えていた。

 

posted by 工房藤棚 at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言

2015年03月01日

にっちもさっちも。

 
 今日のTBS系TVの「噂の!東京マガジン」で、新旧の橋が落ち住民が困っている浜松市を特集していた。この事故では同市の職員二人が殉職するという悲劇も生んでいる。地元の新聞社の地方記者も、事故直前までその橋の上で取材していたが危険を察知して命からがらに戻った瞬間に崩れ落ちたと新聞で読んだ。

蕾1
 その旧橋は国道473号の天竜川に架かる吊り橋の原田橋で、新しい橋はその原田橋が老朽化したために掛け替え工事中であった。墜ちた橋の上流約2kmには全国でも有数の貯水量を誇る巨大な佐久間ダムがある。その佐久間湖は静岡県、愛知県、長野県の3県にまたがっていると聞けば位置関係がイメージできるだろうか。だが、そのことを知らなければそんな雰囲気は全く感じさせることもなく、そこは川幅が狭く橋を渡すには好都合な場所で、直ぐ下流で合流する大千瀬川の方が河川敷が広いので奇妙な感覚に陥る不思議空間で、浜松市と合併する前は佐久間町である。

花1
 もう一つの劣化により大きく傾き危険であると撤去された橋は、人しか歩くことができない小さな吊り橋である。それは、車が通行できるほど頑丈な造りや大きさでないということであり、朽ちなければ猿や猪が渡ることも全然支障はなかっただろう。そんな状態の橋を取り壊すことは仕方がないとしても、その代替路は水窪川の川底の飛び石で大きな石を5、6個並べただけのものだから増水したら当然渡れない。見事にそれだけでお終いなのは流石としか言いようがなく、そこは旧水窪町である。平成の大合併で共に浜松市となったのだが、市全体からみたら北側に位置し限界集落が点在する山間地で心落ち着くのどかで鄙びた地域である。

蕾2
 中小の市町村は合併しなければ生き残れないと脅かされるようにして政令指定都市となってみたけれど、それは名ばかりである。寂れる速度を少しでも緩やかにしたいと願い大樹に寄り添ってみたけれど、その陰はより濃く暗かったことは儚い現実であろう。以前の町の賑わいの中心は町役場付近で、それが今では市の一出先機関で、そこは目の届きにくい緑深き北端である。

花2
 そんな嘆きを嘆いても、元に戻ることはできない。国道の橋を掛け替えることも声の小さい町ではいつになっていたかも分からない。小さい町のまま駅近くの歩道吊り橋を存続させる予算が確保できたのかは分からない。しかし、役場であれば地元の職員が「おらが町の大事な橋」と懸命に諦めることなく取り組んだだろう。だから見捨てられ益々廃れていくという疎外感の受け止めかたは随分と違うものになっていたに違いない。

光と陰
 この、にっちもさっちもは10年先20年先の日本全体のにっちもさっちもとしてはならないが、その処方箋は探し出せるのだろうか。
 

posted by 工房藤棚 at 19:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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