2015年07月11日

CastPuzzle新シリーズ誕生の陰でリストラの嵐が。

 
 リストラとは、英語のRestructuring(リストラクチャリング)の略語で「再構築」が本来の意味なので、文字通りCastPuzzleのリストラが断行されている。

前に廃盤になったキャストパズルたち
 難易度に、ひらめき指数・論理指数を追加して総合難易度と変更する以前に、簡単で売れ行きが悪いのだろうと見当がつく六品を廃盤としたことに続く残念な流れである。それにはキャスト キーも含まれていて寂しい思いをしたものである。

キャスト キュービー

 いつの間にか、キャスト キュービーとキャスト ディスクの名前が消えたと思っていたら、今度は一挙に九品が廃盤となるという。

キャスト ディスク
 2015年4月現在の業者用カタログによると、以下の商品を『在庫限りで廃盤となります。予めご了承ください』としている。言葉を替えれば「廃盤に付き在庫限り」である。

キャスト シーホースたち
 それは、CAST VORTEX、CAST BAROQなどでお馴染みのAkioYamamoto氏の作である旧マリンシリーズをリニューアルしたキャスト シーブルーム、キャスト シャーク、キャスト クロー、キャスト スターフィッシュ、キャスト リーフ、キャスト シーホースの六品。

キャスト プレート
 更に、CastPuzzleの立役者である芦ヶ原伸之氏の「Nob's Last Present」と刻印されたキャスト プレート、2009年に発売開始されたキャスト メダル、キャスト ホースをより難しく改良したというキャスト ダブル・ユーの三品である。

キャスト メダル

 キャスト ヘキサゴンに同封されていた2014年12月現在のリーフレットには上の九品は掲載されていた。しかし、実はもう2年前の2013年7月には「2013-2014 Puzzles & Games Catalog HANAYAMA」にて告知されているという情報もある。知る人ぞ知る既定事実だったのである。

キャスト ダブル・ユー
 一ロットでどれくらい作製するのか知らないが、売れない商品は本当に売れないのだろう。漠然と想像している数より一桁少ないのかも知れない。メーカーの本当の狙いや苦労は当事者にしか分からないけれど、綺麗事を言ったり聞いたりでは済まない状態に陥っているのは確かな事実であろう。

キャスト クロー
 平和が訪れた19世紀末のイギリスでパズルブームが起こったという。それから一世紀以上が経過し日本で生まれ洗練されたパズルが姿を消していく。 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。

キャスト シーホースとキャスト リーフ
 ・・・輪廻転生・・・。いつの日にか、とある処で復活する暁には、その原品はたとえメッキが色褪せ輝きは失われても金属の存在感や重厚感が新鮮な驚きで受け入れられるだろう。それと共に、アナログの優しさと背後にある文化の豊かさや多彩で細やかな造形が再認識されるに違いない。

キャスト シーホース
  とりあえず、愛蔵用に廃盤のなかでは一番のお気に入りのキャスト シーホースは確保した。今は新CastPuzzle プレミアムシリーズ〜チェスパズル〜を手に入れるよりも、欲しかった廃盤品を確保することの方が賢明な判断だろう。何故なら在庫切れは突然、確実にやってくるのだから。

CastPuzzle一覧表150711
 

posted by 工房藤棚 at 18:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | HUZZLE・CastPuzzle

2015年07月05日

99%嘘つきの平安。

 
 ゆったりとして穏やかな時間が緩やかに流れていく。

薔薇1
 『個人情報をネットワーク上の共有フォルダで扱う時はパスワードなどを設定する』。
 意味も意図も分からない上に面倒臭いことは嫌だから「対策完了」報告。

薔薇2
 日本年金機構の個人情報流出事件では、年2回の報告において99%以上が虚偽だったと報道されているけれども何かの間違いだろう。そもそも、そんな内規なんて存在しなかっただろう。そう考えるしか無い。何故なら正直者が1%以下なんてことはあり得ないのだから。

仙人掌
 怖いもの見たさで一度覗いてご覧。99%が、ゆったりとして穏やかで緩やかに流れている時間に身を漂よわせているから。
 

posted by 工房藤棚 at 20:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年07月02日

 人の闇 …… 極めて不愉快、あるいは絶望。

 
 この浮き世、不愉快なことは度々ある。けれども、これ程、気の沈むことは、そうそう無い。

 太田出版の「絶歌」である。

 元少年Aは十五の時、神戸で連続して殺人を犯し、その一人を校門に晒した。それから十八年。三十を越えた加害者は再び遺族を打ちのめした。その理由が『僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした』では救われない。

 幼くして人の生を奪い、更正の結果は、己の生の為に更に人の気持ちの生を殺める。

 言論の自由とか、表現を規制する危険とかホザく奴等がいるが、そいつらは人間ではない。人の仮面を付けた共犯者である。

 確かに表現の自由はあるだろう。けれども他人を傷つける自由はない。そこに理由をこじつけて金儲けする破廉恥を許さなければならない謂われは一切無い。
 遺族の「本を回収して」という悲痛な呼び掛けには、問答無用とばかりに5万部の増刷で応えた非道ぶりである。

イSム阿修羅像
 理屈ではない。実験台は許されない。出版に関わった全ての人は罪と罰を知るがよい。悪行は巡って因果応報を悟るだろう。


posted by 工房藤棚 at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言
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