S技術者「このディーゼルは摩訶不思議な挙動をする怪しいエンジンで真っ当ではないと考えます」
S担当役員「具体的に話してみたまえ」
S技術者「元々、あまり素性は良くないのですが、ベンチテストでは規制値をクリアします。しかし、テストパターンではない我が社の独自パターンでは途端にデータが悪化します。実際の走行試験値は最悪で平均すると25倍以上のNOxを発生しています」
S役員「どういう理屈だ」
S技術者「現時点では推測です。それは排ガス試験状態を検出してそのパターンの時には排ガス浄化装置をフルに作動させるのでクリーンなのですが、普段は排気ガスレベルよりも燃費と馬力と浄化装置の寿命を優先するようなソフトが組み込まれている可能性も捨て切れません」
S役員「それではまるで詐欺ではないか。まさか質実剛健の国の一流メーカーがそんな不正をしているとは考えられないな。もっと詳しく調査してくれ。一応社長には報告しておくが」
S役員「どうも状況が芳しくありません。技術によるとベンチテストデータと信頼性や耐久性以外は我が社の試作エンジンの方が勝っているそうです」
S社長「なに!。いや俺も何か怪しいと思っていたんだ。相手は第一に誠実じゃない。その上に正義とは程遠い。それ以上に胡散臭い。もしかしたら我々は大きな勘違いをしていたのかも知れないな。イメージ操作にやられていたのはユーザーや評論家以上に俺かもしれない」
S役員「いや、まだ確定したわけではないのですが」
S社長「環境技術は出し惜しみする癖にインド、印度と五月蠅くてたまらん。いやここまで企業風土が違うと離婚も考えなければならなくなるな。大至急確実な尻尾を捕まえてくれ」
S技術者「間違いありません。残念ながら真にクリーンなディーゼルは今ままでも今もこの世に存在しません。まやかしの技術であり、こんなからくりを仕組んだらあの燃費も高出力も可能なのは当然です。我が社のエンブレムを付けて販売できる代物ではありません。たとえ提携先であっても購入すればいつの日か不正が暴かれた時には大きなダメージを受け会社の存続さえも危うくなります」
S役員「参ったな。それでは提携解消まで行くしかないだろう。これから別の意味で困難な道となるが、何世界に冠たるメーカーでさえ中身はこの程度の技術と倫理感だと学習できたのだから丸っきり無駄ではなかったと考えよう。なによりも大事なのは我が社の矜恃を守り抜くことだ」
S技術者「そもそもディーゼルが環境と相性が良くないのは周知の事実であり、あれは白昼夢です。しばらくはハイブリッドが主力でそれは軽にも有効ですし私たち独自のシステムにも目途が立ちつつあります。決して開発競争には負けません」
S役員「ありがとう。当分は先生がいなくなるが今後は我々が先生となる意気込みでよろしく頼む」
S社長「そうか。分かった。俺も卑怯なまねまでして儲けようとは思わん。そんな会社とぐだぐだ関わっていたら我が社も腐ってしまう。契約があるから大きな代償が待っているだろうが仕方がない。そんなに心配するな、お前がそんなじゃ皆も不安になるぞ。後は俺に任せておけ。直ぐに直ぐとはいかんが腹は据えた。なに大丈夫だ、大切な社員を路頭に迷わせるわけにはいかないだろう。ほら、昔から正直の頭に神宿ると言うじゃないか」
S役員「よろしくお願いします。無念ですが私も座右の銘『善悪の報いは影の形に随うが如し』を改めて心に刻みます」
夢から覚めたら秋分も過ぎた早朝は肌寒く心は尚冷えていた。