2016年03月02日

足りないのは言葉ではなく芯と誠意と想像力。

 
 ネットの「河北新報」で、当時の野田佳彦首相が2011年12月16日に東京電力福島第一原発事故に関し「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至った」と表明したことを話題にしている。

梅
 前の最高権力者は、本物の偽物であることを晒し、救いのない昼行灯であることが露見し、民主党への信頼を根本から消失させ、松下政経塾の病理を世に知らしめた痛恨事の言い訳をしている。

椿
 「『収束』という言葉を『全て解決』と受け取ってしまう人が出た。言葉足らずだった」。この軽さを世間は馬鹿者と呼ぶ。言葉が足りないのではない。それは倫理と誠意と見識と、脳味噌と責任感と想像力と人間力と。

桜
 まだ政治屋をやっている精神の弛緩と麻痺がこの人とこの党の持ち味なんだろう。
 

posted by 工房藤棚 at 22:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年03月01日

 厚顔無恥 極まる。

 
 時間の経つのは本当に早く少しは尖った心を和らげる。衝撃の福島第一原発事故から早5年になろうとしている。そんな時、東京電力は社内マニュアルの「炉心溶融−メルトダウン」の判定基準を最近まで「見過ごしていた」と発表した。一言ならズルしていたがそれは過失ですと言い張る恥上塗りのズル。

清水寺
 厚顔無恥という言葉では足りない。その辺の企業が同様の言い訳をしたら、即、倒産である。
 もしかしたら、この曰く言い難く鈍痛を道連れにする不愉快と苛立ちが事故を招く病理なのか。

焼津神社
 裁判対策とか、無責任体質、官僚的、あるいは本物の無能集団などなど理由はいくらでも付くだろう。それから、虚しいのは2012年6月にまとめた東電による事故調査報告書では「事故に関連するマニュアル類の調査・確認」を実施したと記していること。彼らの事故後に掘った墓穴の数は東電の社員の数ではとても足りないだろう。

清水寺
 これが現代の日本の大企業の倫理なのか。私は並の小学5年生でも、こんな言い逃れは恥ずかしくて言葉にできないと信じる。
 抱えているのである。事故を生む驕りを。間違いなく再度日本を陥れる疫病神である。何故なら反省とは無縁体質だから。
 日本を代表する電力会社がこんな企業風土しか持ち得ないとは、しみじみと情けないなぁと切なくなる。

焼津神社
 東京電力の柏崎刈羽原子力発電所は新潟県にある。
 新潟県は東北電力管内である。
 東京電力の福島第一、第二原子力発電所は福島県にある。
 福島県は東北電力管内である。

清水寺
 本当に安全な技術であり、人間が制御可能と信じるシステムならば、新たに東京湾岸に原子力発電所を新設するがよい。東京電力の無敵のマニュアルに従って。
 

posted by 工房藤棚 at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言
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