2014年08月10日

 ダメなものは駄目だろう。

 
 公務員が不祥事を起こすと、処分が下されると同時に「依願退職」することが多い。「懲戒免職」とは違って、建前は当事者の願いに依っての退職なので、不本意ながら一応円満な形となるが、その裏では色々な駆け引きが行われて様々な悲劇や人間模様を生んでいるのだろう。

蓮1
 浮き世には、取り返しがつかないことがある。だから、諦めることも必要である。今の日本では、公務員になれたことは一つの身分を手に入れたことと同様であり手放したくはないだろう。けれども、駄目なことは駄目であり、花も嵐もあることは、どんなに身分のある人にとっても同様である。

蓮2
 芸能界で成功する人は一握りである。だからこそ、莫大な収入も可能となり、鼻は益々延び続けることは仕方がないだろう。芸人に品行方正を求める人は少ないだろうし、その必要がないのは当然であるが、クリアしなければならない規範までが免除されるわけでない。逆に、一部はより高いものが求められるだろう。

蓮3
 次長課長の河本準一が、母親の生活保護の受給で顰蹙を買った事件も大分前のこととなったが、これこそ芸能界を「依願退職」すべき事案だったのだろう。卑怯とは回復不能のダメージであり、卑しいイメージは簡単には消せない。

蓮4
 元々、面白いと楽しめたことはなかったが、お笑いでありながら、その存在だけで人を不愉快にしてどうしようというのか。ダメなものは駄目と諭す芯のある人はいないのか。
 

posted by 工房藤棚 at 12:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 独り言
この記事へのコメント
この記事に書いてあるとおり、諦めというのも大事ですね。
自分の受けるべき懲罰とは関係なく去るべき時もあるわけで。
卑怯なイメージを払拭せずとも、それはそれこれはこれと芸能活動が続けられるのは確かですが、逆に言えば芸能活動を続けることと芸能界を去ることもそれはそれこれはこれ。
どれだけ時間が経っても行った不正は人々の記憶に残るので一度それをした時点で不快極まりない。
Posted by at 2014年08月28日 23:08
 権兵衛さん、コメントありがとうございます。

 「往生際が悪い」に尽きるのでしょうね。

 死刑が許される刑かは意見が分かれるだろうが、抑止力という側面では間違いなく機能しているのでしょう。

 「時間が解決する」ためには、皆が納得する永い時が必要だろうに。

 また、是非お立ち寄り下さるようお願いします。
Posted by 工房藤棚 at 2014年08月30日 17:03
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