2009年04月26日

「大久保」→「Ork(オーク)」→「樫の木」。

 漢字検定を実施している「日本漢字能力検定協会」の改革が、風雲急を告げている。

 6月に実施予定の漢字検定が中止となったら大変だ。受検申請は随分と前から受け付けていて、その影響は計り知れない。
 検定に向けて、計画的に地道に学習を続けている受検予定者は大勢いる。だから、漢検協会としては、万難を排して実施に漕ぎ着けるよう必死である。

 それにしても、漢検協会の実体は随分といい加減なものだ。
 実質的な支配者であった大久保前理事長の儲けの為には怪しい操作が横行していて、完全に公私混同である。しかし、その人にはその自覚は殆どなかったのだろう。

 この問題が発覚する前から、漢検協会の機関誌名「樫の木」は不自然な感じがしていた。それが、「樫」→「Ork(オーク)」→「大久保」繋がりと聞いて、その感性の悪さと厚顔さに違和感を感じたものだった。

 漢字検定を、日本一の受検者を誇るものとし、年末恒例行事となった清水寺での「今年の漢字」発表の扱いも、彼らの功績は大であったのだろう。
 けれども、それが慢心、横暴、腐食、不正と進んでしまうのは辛いものである。

 不祥事を起こす企業・団体では、後継者が身内である事が多い気がする。それは、彼らに高い倫理を求めるのは無理があるということなのだろうか。ところが、一線を踏み越えると元も子も失ってしまうのである。

 問題が発覚してからの対応も、事態を甘く見ていたとしか考えられないし、その改善策や修正速度は情けないものであった。
 あれでは、誰も納得させることができないだろうとは、端から見ていると皆が思う。だが、当事者となるとそれが見えないのが悲しい現実であり、見えないからこそ無茶をするのかもしれない。
 それが、裸の王様の怖さである。裸の王様と、その王様を師として育った王子様の悲劇である。

戸田港

 「漢字検定」は個人のものではない。「漢検協会」も個人のものではない。
 暫くは受検者数は大きく減るだろう。しかし、「漢字検定」自体には罪はない。
 その検定に価値を見出す人は少なくない。また、それは挑戦に値するものであると考える一人である。

 「漢字検定」存続の危機は、「漢検協会」改革の好機である。
 スッパリ、スッキリとした再生を期待する。


posted by 工房藤棚 at 07:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漢字検定
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