2011年07月06日

 「大地震87%」という非科学。

 
 本当にヒドい話だなと思うのは、地震が起きるという確率である。

花


 東海大地震が、明日に起こっても不思議でないと云われ、莫大なお金をつぎ込んで早30年以上である。大地震が襲う時期なんて、誰にもわからないから明日かもしれない。そして、それは三百年以上先かもしれない。わからないのである。人間なんだから。

花


 7月14日特大号の週刊新潮の『浜岡原発を止めた「大地震87%」という非科学@科学作家 竹内 薫』が指摘している。
 それは、『ゲラー教授の計算では、日本全国どこでもランダムに大地震が起きる、というモデルのほうが、1979年以降の大地震の発生をよく説明できるのだという。つまり、複雑な計算などせず、「日本列島どこでも大地震が来る恐れがある」と言ったほうが当たってしまうのだ。』

花


 人が、百万年も千万年も地震に関する正確なデータを蓄積できたら、少しは予知が可能となるかもしれない。だが、例えそれが叶っても可能性が上がるだけで完璧となるとは思えない。何故なら、それは地球の仕業であり、全てに人知が及ぶと考えるのは不遜である。

花


 『70年代以降、アメリカは真剣に地震予知に取り組んだが、ことごとく失敗に終わった。やがて、なぜ、地震予知・予測がうまくいかないかのかが議論されるようになった。その結果、地震の「周期」の誤差があまりにも大きく、それまで数十年間隔で起きていた地震が、数百年間バタッと来なくなることや、地表の観測機器では「前兆」が検知できないことなどがわかってきた。
 周期も前兆もあてにならない。だから、地震は予知・予測が難しい。』

花


 それを知ってか、知らずか「30年以内にマグニチュード8程度の東海地震が発生する可能性は87%」とかを発表する脳天気さも尋常でない。それにしても、それを真に受けたふりをして行動するのを誠実とは言わない。

花


 善意の名も無き人々に、無用な苦労を強いた罪は大きい。その啓発により、地震対策が進んだと言うのは詐欺師と同様の言い訳である。

花


 少しばかりの統計や、浅知恵による警告が非科学的なのは当然である。また、責任を負わないことを絶対条件としている人々からなる組織が、何を言って何を言わないのかは明白であり、地震予知が期待できない所以でもある。
  

posted by 工房藤棚 at 22:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言
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