2011年10月22日

プルトニウムの呪縛と空虚。

 
 「英産業史上、最も屈辱的な政府の失敗の一つで無用の長物」。そう表現されたのが、英国のプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料工場。故障続きの為、閉鎖されるそうだ。日本の電力会社が改修費を負担していたので『少なくとも数十億円が水泡に帰した』とされる。
 だから、『日本が英国で保管するプルトニウムは行き場を失い、保管費用も膨らむ一方だ』となる。

昨日の富士山


 そして、今日の報道。「もんじゅ廃止 是非検討」。「もんじゅ」とは、福井県敦賀市の高速増殖炉原型炉のこと。やっと投げる匙を見つけてきた。それにしても、『核燃料サイクルの中核と位置付けられるもんじゅ廃止の方向性が打ち出されれば、核燃サイクル事業全体に影響が出るのは必至だ。』の報道は呑気過ぎるだろう。
 本音と建前を使い分けるのが大人の世の常としても、無責任なんてものではなく犯罪と同等だ。

茶畑


 10月21日、静岡新聞の「現論」での田中優子氏の「プルトニウム、何を守る」。
 脱原発論者の核抑止論を、苦く憂い嘆く。
 『…仮に抑止力があるとして、プルトニウムが守る対象が何なのかである。ここでプルトニウムの危険性について今更語るつもりはない。ただ、専門家と称する管理者を頭から信用する愚を、私たちは犯したばかりだ。プルトニウムは「国家」を守るかもしれないが、この地震国で誰も国民をプルトニウムから守ってくれはしない。』

枯葉


 明治の時代には、テレビはなかったが夢があり希望があった。
 江戸の時代には、ガス燈はなかったが和があり平穏があった。
 それほど簡単に括れるわけではないが、先人が放射能に怯える怯えを知らずに暮らしたのだけは間違いない。

花


 核による抑止力。皆が持てなかったからこその力だろうに。
 何故、世界で唯一の被爆国という重く深い体験が、かたちとして表れない上にメッセージさえも発信できないのだろ。
 

posted by 工房藤棚 at 11:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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