2011年02月19日

山本夏彦翁の新刊「とかくこの世はダメとムダ」。その1

 
 久しぶりに、本を手にとってワクワクした。期待に応えてくれそうな趣きがある。それが、かの講談社。新潮社でも文藝春秋でもなかったのは意外である。
 山本夏彦翁が亡くなって、早9度目の春を迎えようとしているのだが、正真正銘の新刊という。
 それは、「あとがき」によると『新聞や雑誌などに発表した数多くの文章の中で、単行本に収録されぬまま埋もれていた四十六編を選び一冊にしたもの』だからである。

石段


 寄せては返す波の音は、同じようで全く同じ音はない。機械的に、電気的に作られた音を何回も繰り返されると不愉快になる。けれども、波の音を一日中聞いていても不愉快にはならない。むしろ寛げる。それは「1/fのゆらぎ」と同じ理屈かもしれない。

雪


 ここには「自由」がある。一つ一つには、制約があっただろうが、週刊誌や月刊誌のような毎回毎回の締め切りではなかったのだろう。コラムの長さも多彩であり、それも新鮮である。

雪


 そして「勢い」がある。昭和34年のコラムがある。けれどもそれは古くない。「古いものこそ新しい」の典型である。
 また山本夏彦翁の場合、古いものほど痛烈かつ痛快である。

雪


 内容は、「よくこれが残っていたな!」と驚かされる濃さである。そのうえ、一単行本としても自然な編集であり、「この一冊で丸ごと山本夏彦」と呼んでも過言でない厳選書となっている。

石段


 それが覗えるような2文を紹介したい。「そばやの風鈴」より。
『 わたしは今は数少ない「亭主関白」のひとりだと、わが細君に言われる。わたしにその自覚はさらさらないが、笑ったり一蹴したりして、からくもバランスを保てば、それが関白の位なら、情けない関白だが、甘んじてその位についておく。
 一男一女が理想なら、親ばかは増えこそすれ、減りはしないだろう。一億親ばかになる日も近いだろう。
 ばかにつける薬はないから、ああせよ、こうせよとすすめるつもりはない。その知恵もない。一男一女じゃ少なすぎる。生めよふやせよ地に満てよ、と言って聞くまいし、言うつもりもない。
 けれども、わたしは計画的に産むと聞くといやな気がする。ことに妙齢の婦人から聞くと、その無神経と不遜に顔をそむける。』(昭和41年)

ダム


 次は短く「大衆このエゴイスト」より。
『…寿司や酒の通みたいなことまで言う。
 みんな人から聞いた言葉である。自分の言葉は一つもない。それでいて発声したのは自分だから、自分の言葉だと信じている。』(昭和43年)

杉森


 それにつけても、山本夏彦翁にふさわしい絶妙なタイトルである。

 


 

posted by 工房藤棚 at 14:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山本夏彦

2010年10月23日

季節巡って、八度目の秋。


 秋になると、もの悲しくなるのは、秋だからだけではないような気がする。

薬師寺 東塔


 季節が巡り、年を経て、また本格的な秋である。本当に厳しい夏であったが、やはり秋は秋である。

唐招提寺にて


 父は秋に亡くなった。もう、初冬といってもいい時期だった。そして、人生の師と仰いだ名コラムニスト山本夏彦翁が亡くなったのも秋である。そう、八度目の秋である。

唐招提寺にて


 残念ながら、今でも、こんなに明晰で切れの良いコラムには巡り会えない。

薬師寺 東塔


 自戒の念をこめて、『「夏彦の写真コラム」傑作選2@阿川佐和子』−「この世は一片の細菌培養肉」より。
 『何度もいうが江戸の町人は、役人はワイロを取りたがるもの也、責むるはヤボ也、いくら取替えても同じこと也と笑った。どうです人間というものをよく見ているじゃありませんか、新聞はあばいて読者をつかぬまの正義漢にする、自分がその席に坐れば必ずすることを、坐れないばかりにしなかったのが正義か、居丈高になって責める声には力がない。』

薬師寺 東塔


 視点は巡り、年を経て、また本格的な秋である。
 

posted by 工房藤棚 at 15:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山本夏彦

2010年08月07日

ピークは過ぎた。

 
 夏のピークは過ぎました。
 ご安心下さい。
 今日は立秋です。
 もう秋ですから。

花


 そして秋なんだから秋の話題。
 「秋の夜ながなくなる」@山本夏彦。

花


 『私はテレビぎらいというよりほとんど憎んでいる。あんなもの百害あって一利がない、ないほうがいいと思っているが、出来たものは出来ない昔に返らぬこともよく承知している。
 三十年前、当時四十代の主婦にテレビのない夜はどうしていたかと聞いたら、しばらく黙って考えたあげく「退屈していた」と答えた。その婦人はテレビのない時代に生まれ、テレビのない時代に結婚した人である。
 秋の夜ながは肩させ裾させと鳴く虫の音を聞いて過ごしたはずである。そもそも存在しないものが、存在しないからといって退屈するはずがないのに、ここでも十年ひと昔である。やんぬるかなと以後私は問わなくなった。』

花


 昔には昔の良さがあっただろう。昔の人のその続きの人に育てられた私が、半端者のわけは自分のせいなんだ。

花


 盛りは過ぎた。 
 勘違いだったのでしょう。
 過ぎてみれば儚いものである。
 

posted by 工房藤棚 at 19:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 山本夏彦
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